医学部と獣医学部の相違点(加計が4条件をスルーできる理由)

多くの人がおかしいと思っていることだが、加計学園が今治市で獣医学部を新設する事業者として認定された際、「4条件」を満たしているかは審査されていない。そして、設置認可の際も「4条件」の審査はされないことになっている*1

なぜなのか。それは、獣医学部新設については、特例措置の告示も、公募要項も、事業者の「4条件」充足を要件として求めていないからである。

前川喜平氏は、記者クラブ会見において、成田市に医学部を設置した国際医療福祉大学との比較で見解を求められた際、医学部と獣医学部の決定的な違いとして、医学部では、厚労省が国際的な医療人材の育成という新たな人材需要を明確にしたうえで、内閣府、文科省、厚労省の3府省が人材育成に向けた方針を作成し、この方針に従って特例を設けることになった一方、獣医学部では、(農水省による)人材需給についての見通しが示されておらず、医学部のときのような3府省による基本方針がつくられていないことを挙げている*2

前川氏の発言の根拠は、医学部・獣医学部新設についての特例措置の告示および公募要項にある。それぞれ、告示・公募要項には同じ文書が紐づけられている。ここでは、17年1月4日の内閣府・文科省告示から、医学部新設(1)および獣医学部新設(2)に係る部分を引用する*3

1 国家戦略特別区域法(以下「法」という。)第7条の国家戦略特別区域会議が、法第8条第2項第2号に規定する特定事業として、平成29年度に開設する医師の養成に係る大学の設置(法第2条第1項に規定する国家戦略特別区域における医師の養成に係る大学の設置をいい、「国家戦略特別区域における医学部新設に関する方針」(平成27年7月31日内閣府・文部科学省・厚生労働省決定に従い、国際的な医療人材の育成のため、1校に限り学校教育法(昭和22年法律第26号)第4条第1項の認可を申請されるものに限る。)を定めた区域計画(法第8条第1項に規定する区域計画をいう。次項において同じ。)について、内閣総理大臣の認可を申請し、その認定を受けたときは、当該認定の日以降は、当該大学の設置に係る学校教育法第4条第1項の認可の審査に関しては、大学、大学院、短期大学及び高等専門学校の設置等に係る認可の基準(平成15年文部科学省告示第45号)第1条第4号の規定は、適用しない。

2 法第7条の国家戦略特別区域会議が、法第8条第2項第2号に規定する特定事業として、平成30年度に開設する獣医師の養成に係る大学の設置(法第2条第1項に規定する国家戦略特別区域における医師の養成に係る大学の設置をいい、「国家戦略特区における追加の規制改革事項について」(平成28年11月9日国家戦略特別区域諮問会議決定に従い、1校に限り学校教育法(昭和22年法律第26号)第4条第1項の認可を申請されるものに限る。)を定めた区域計画について、内閣総理大臣の認可を申請し、その認定を受けたときは、当該認定の日以降は、当該大学の設置に係る学校教育法第4条第1項の認可の審査に関しては、大学、大学院、短期大学及び高等専門学校の設置等に係る認可の基準(平成15年文部科学省告示第45号)第1条第4号の規定は、適用しない。

前川氏は、上記告示における赤字部が、医学部の青字部に相当する、内閣府・文部科学省・農林水産省決定の「国家戦略特別区域における獣医学部新設に関する方針」という文書であるべきところ、そうなっていない、と指摘しているのだ。

代わってあるのは、特区諮問会議決定の「国家戦略特区における追加の規制改革事項」という文書である。この文書は、内閣府・文部科学省告示に紐づけられた重要な公文書でありながら、「特別区域」が「特区」と省略され、さらに文科省の管轄外である民泊関連の規制改革事項までもが併記された略式文書である*4

公募要項の「別紙」*5においても、医学部新設に係る公募では事業者に上記の「医学部新設に関する方針」への対応が、獣医学部新設に係る公募では事業者に上記の「追加の規制改革事項について」への対応が求められている。医学部・獣医学部ともに、同じ文書がそれぞれの告示・公募要項の縛りとなっている。

医学部設置事業者の審査基準となる「医学部新設に関する方針」には、「目的」、「方針・進め方」、「留意点(必要な条件整備)」、「教育上必要な基準等」、「法令上の手当」、「その他、社会保障制度への影響など」の6項目について記載があり、最後に最短でH29年4月開学の場合の大まかなスケジュールが例示されている。この文書の「留意点(必要な条件整備)」が、次のとおり、獣医学部の4条件に対応する内容(より詳細かつ厳格な条件だが)となっている*6

〇留意点(必要な条件整備)

①国家戦略特区の趣旨を踏まえ、一般の臨床医の養成・確保を主たる目的とする既存の医学部とは次元の異なる、上記の目的に沿った際立った特徴を有する医学部とすること。

具体的には、以下の事項について総合的に取り組み、際立った特徴を有するものであること。

➢国際医療拠点としてふさわしい留学生の割合

➢国際医療拠点としてふさわしい外国人教員の割合

➢一定年数以上の海外での診療経験や教育経験を有する教員の確保

➢診療参加型臨床実習期間の十分な確保

➢大多数科目での英語による授業の実施

➢全ての学生による十分な期間の海外臨床実習の実施

➢公衆衛生に関する専門職大学院の設置

➢海外の大学との学生交流に関する協定の締結

② 医学部新設及び附属病院設置のための教員や医師、看護師の確保に際し、引き抜き等により地域医療に支障を来たさないような方策を講じること。特に、東北地方の医学部新設への影響に十分に配慮すること。

(例:国内だけではなく、広く海外からも教員を集める 等)

③ 自律的な運営のための具体的な計画が立てられている等、実現可能性が認められること。

④ 定員については、上記の目的に沿った世界最高水準の十分な教育環境が整えられ、教育の質が確保できるような適切な人数とすること。

医学部新設の場合は、これらの条件を含む「方針」が告示および公募要項に紐づけられており、事業者には「方針」に記載された条件を満たすことが求められる。

一方、獣医学部設置事業者の審査基準となる「追加の規制改革事項について」における獣医学部関連の記載は、以下の文言が全てである*7

先端ライフサイエンス研究や地域における感染症対策など、新たなニーズに対応する獣医学部の設置

  • 人獣共通感染症を始め、家畜・食料等を通じた感染症の発生が国際的に拡大する中、創薬プロセスにおける多様な実験動物を用いた先端ライフサイエンス研究の推進や、地域での感染症に係る水際対策など、獣医師が新たに取り組むべき分野における具体的需要に対応するため、現在、広域的に獣医師系養成大学等の存在しない地域に限り獣医学部の新設を可能とするための関係制度の改正を、直ちに行う。

ここには、改正を行うことと、その背景・目的しか記載されていない。「4条件」に似た文言が一部含まれてはいるが、条件としての記載にはなっておらず、「方針」の軸となる条件整備は一切ない。たとえ3府省決定の「方針」がなくとも、最低限、この諮問会議決定文書に「4条件」が記載されていれば、告示・公募要項に「4条件」が紐づけられることになり、今治で獣医学部を新設する事業者についても「4条件」充足が求められていたはずである。

国家戦略特区諮問会議は、関係省庁の同意が得られなくても改正を行うことを決定できる。内閣府所属の機関が、省庁より大きい権限を有するのだ。そのような仕組みとしたのは安倍首相である*8。実際、医学部のときのような関係3府省による合意形成がないまま、無方針で、特区での獣医学部新設を可能とする改正を行うことが、諮問会議の名の下に決定されたのだ。

8月16日、民進党・加計疑惑調査チームの会合で、文科省・松永賢誕専門教育課長は、「これまでのプロセスで内閣府が4条件を満たすと判断したと承知している」と述べている*9。「4条件」は、獣医学部新設を特例的に認める際の前提条件である。「追加の規制改革事項」として獣医学部新設のための制度改正を行うことを決めたのは諮問会議である。諮問会議は内閣府に設置されているのだから、松永課長の見解は理解できるものだ。

国家戦略特別区域基本方針には、第四の2①に、「区域計画については、内閣総理大臣の認定を受けることが必要」とあり、同③に、「関係府省庁の長は、内閣総理大臣が区域計画の認定を迅速に行うことができるよう、速やかに、法第8条第9項に基づく同意についての判断を行い、通知する」とある。そして、同④に「区域計画に対する関係府省庁の長の同意は、専門的な立場から、区域計画に定められた特定事業の内容が当該特定事業について定めた法令の規定に合致しているか否かの判断を求めるものである」として、「区域計画に定められた特定事業の内容が、(中略)法令に適合していれば同意するものとする」とある*10

これを今治市の区域計画(17年1月20日)の認定に適用すれば、「法令」に当たるのが上記の告示であり、その告示に、今治市で加計学園を実施主体として行う獣医学部新設事業の内容が適合していれば、文科大臣は同意するものとなる。実質的に「平成30年4月開設」以外の条件は告示に紐づけされていないのだから、事業内容の適合もなにもなく、加計学園が「平成30年4月開学」を見込めるのであれば、あとは無条件で認定となる。

16年11月9日の諮問会議で、特例措置の告示を縛るはずの「国家戦略特区における追加の規制改革事項について」という文書が、無方針・「4条件」不問の内容に決定された時点で、文科省は万策尽きたのである。

基本方針には、第五の1②末尾に「規制所管府省庁は、(中略)法令で規定する条件以上のものを、通知等により付加しないものとする」ともある。これにより、文科省は「4条件」を後付けして審査することもできないのだ。

あとは、通常の認可基準*11に基づいて審査するしかない。

3度目の引用になるが、7月4日の会見において、山本大臣は、獣医学部新設を特例的に認める特区を今治とするか京都とするかを決める際の判断材料の一つとして、「事業の早期実現に必要な専任教諭の確保の状況」を挙げた*12

公募で事業者が決まる前から特定の事業者の教員確保状況を区域の評価に含めること自体おかしな話だが、その是非を問わないとしても、京都府で実施主体として位置づけられていた京産大の教員数が考慮されるのはよいとして、今治市の実施主体として名前が出ていない加計学園の教員数が考慮されたのであれば、その選定プロセスは明らかに正当性を欠く。

文科省には、この件について疑惑が晴れないうちに加計学園の獣医師養成系大学が認可されることのないよう求めたい。

*1:https://this.kiji.is/270498266125862390?c=62479058578587648 「加計、設置審は4条件審査せず 民心会合で文科省説明」共同通信 47NEWS(17年8月16日)

*2:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/jnpc-prd-public/files/2017/07/3b355e78-7d12-4d5d-958c-7c156ba63463.pdf 日本記者クラブ記者会見 前川喜平前文部科学事務次官(2017年6月23日)第12頁

*3:http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/pdf/170104_kokka-monka.pdf 〇文部科学省関係国家戦略特別区域法第26条に規定する政令等規制事業に係る告示の特例に関する措置を定める件(平成27年内閣府・文部科学省告示第1号)一部改正 平成29年1月4日内閣府・文部科学省告示第1号

*4:http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/pdf/h281109.pdf

「国家戦略特区における追加の規制改革事項について」(16年11月9日 国家戦略特別区域諮問会議決定)

*5:http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/pdf/besshi_tokyo7.pdf 東京圏 「(別紙)特定事業の種類及び要件」(15年11月12日)

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/pdf/bessi_hiroshima.280104.pdf 広島県・今治市 「(別紙)特定事業の種類及び要件」(17年1月4日)

*6:http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/151126goudoukuikikaigi/sankou5.pdf 第7回東京圏区域会議(15年11月26日)参考資料5「国家戦略特別区域における医学部新設に関する方針」(15年7月31日 内閣府・文科省・厚労省決定)

*7:http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/pdf/h281109.pdf

「国家戦略特区における追加の規制改革事項について」(16年11月9日 国家戦略特別区域諮問会議決定)

*8:http://jp.reuters.com/article/l3n0ib0hp-abe-kokka-senryaku-tokku-idJPTYE99K01Z20131021 ロイター記事「国家戦略特区の意思決定、関係大臣は加えず=安倍首相」(#ビジネス 2013年10月21日)

*9:https://this.kiji.is/270498266125862390?c=62479058578587648 「加計、設置審は4条件審査せず 民心会合で文科省説明」共同通信 47NEWS(17年8月16日)

*10:http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/pdf/290707_kihonhoushin.pdf 国家戦略特別区域基本方針(17年7月7日)

*11:http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2014/10/27/1260236_1.pdf 「大学、大学院、短期大学及び高等専門学校の設置等に係る認可の基準」(平成15年3月31日文部科学省告示第45号)

*12:http://www.cao.go.jp/minister/1608_k3_yamamoto/kaiken/2017/0704kaiken.html 山本内閣府特命担当大臣記者会見要旨 17年7月4日