続・私をシツギに連れてって


本日も、いってみましょう。

『本日は、先日質問いたしました国家戦略特区と構造改革特区の窓口一体化について、追加の質問をいたします。

➣1 総理は、加計学園の獣医学部新設計画についていつ知ったのか、という質問に対し、答弁を繰り返し訂正された後、「国家戦略特区と構造改革特区を取り違えていた」と弁明されました。今治市の直近の提案は、両特区共通の窓口に出されています。国会(5月23日参院・農水委)で、政府参考人の佐々木基事務局長は、構造改革特区と国家戦略特区について、「国家戦略特区は、ワーキンググループによる規制担当省庁との折衝という強力な仕組みがあるという点を除けば、同一の手続き的な仕組み」と説明されています。ワーキンググループの有無以外は同一の二つの特区制度が、更に窓口も運用も一体化されたということです。一つにまとめられた特区を取り違えるとは如何なる意味なのか、お答えください。

➣2 両特区のブリッジ規定というものは、国家戦略特区制度ができた時点で既に決められていたということですが、実務として始まったのは今治市が提案した募集回です。なぜ、制度開始から1年半近く経過した時期になって一体化することになったのですか。ご説明ください。

➣3 運営を一体化するという大きな転換は、どなたかがリーダーシップを発揮し、指揮しなければ、なかなか実現は困難だと思います。どなたが指揮役だったのですか。国家戦略特区諮問会議議長の総理ですか。構造改革特区をよくご存じの和泉洋人補佐官ですか。どなたですか。

➣4 先日も指摘しましたが、両特区共通窓口に今治市が出した提案は、当初は構造改革特区で検討されていました。これは、27年6月8日の文科省・農水省との折衝後に決められたことですから、当然ワーキンググループの皆さんはご存じのことと思います。確認のためおたずねします。ワーキンググループ委員は、今治市の両特区共通提案について、構造改革特区での取扱いがあったことを把握していましたか。

➣5 ワーキンググループの皆さんは、記者会見の場等で「一点の曇りもない」と述べられていますが、構造改革特区での取扱いには触れられていません。「一点の曇りもない」とはいえない、不透明な部分が残っていると思いますが、どうですか。なぜ、説明がなかったのですか。

➣6 両特区の一体運営を明記しているのは、国家戦略特区のホームページにあるパンフレットだけです。しかし、このパンフレットは、クリックしてPDFファイルを開かないと出てきません。あとは、下層にある各提案募集回のページに、それらしいことが「構造改革特区に係る提案とみなす取扱い」等のわかりにくい表現で、しかも保険の約款のように細かい字で記載されているだけです。大きな運用の転換を、トップページで明確に案内しないというのは、特区制度の活用を目指してホームページで情報を収集しようという新規参入者にとって不利に働くのではないでしょうか。なぜ、一体化が不透明になっているのでしょうか。

➣7 (12/12追加)加計学園については、正式な参加者ではないから、提案後のヒアリングでの出席・発言が記録にない、公募に応募する前の段階では考慮に入れていない、というご説明がありました。つまり、考慮の際、加計学園が補助的に説明した部分はわざわざ差し引かれた、ということです。おたずねします。獣医学部を設置する特区について、今治か京都かを決める際、長年の熟度を基に判断した、との説明がありました。加戸前愛媛県知事は、「加計学園とは12年前から二人三脚でがんばってきた」と発言されています。そのとおりだと思います。しかし、加計学園の貢献分を考慮に入れなかったわけですから、「長年の熟度」からも加計学園の貢献分が差し引かれた、と考えなければ、整合性がありません。「長年の熟度」のうち、加計学園の貢献分は、どのように測られ、なにがどう差し引かれたのか具体的にご説明ください。

本日の質疑応答に基づき、後日、改めて質問いたします。本日の質問は以上です。』