BSL-3施設の安全性と世界に冠たる獣医学部の実現性

加計学園岡山理科大学の獣医学部棟。そのBSL-3施設の安全性を疑問視する声がある。

先日、その安全性について、今治市が設置した第三者委員会のメンバーでマラリア研究を専門とする坪井敬之愛媛大学教授が次のような意見を述べたと伝えられた(信頼できる情報のようだが、元記事自体はネットで見つからなかったのでソースは提供できない愛媛新聞2018年1月13日朝刊)。

学部のバイオセーフティーレベル(BSL)3施設は、獣医学教育病院に来院する動物が同レベルの病原体に汚染されている可能性がある場合の検査のほか、将来的には研究でも使用する。停電しても約4時間電源を確保できる発電機があり、実験中でも作業を終了して安全に退避できる。実験の安全性と設備機器の経済性を含めて特段の問題は認められなかった。

しかし、この意見をもって「だから安全だ」と結論づけてよいのか。

このような意見の正当性は、その結論に至るまでの工程も含めて検証しなければわからないものである。坪井教授がどのような手法で安全性を確認したのか、どのような項目をチェックしたのかがわからない以上、「安全性に問題はない」という結論が健全なものであるかは判断がつかない。判断材料がないのだ。

では、BSL-3施設の予備電源について、国際基準や国内基準はどうなっているのか。

まず、建築物全般について、各国の消防法や建築基準法が予備電源の基準を定めており、BSL施設も法律で定められた一般的な建築基準を満たす必要がある。

その上でBSL施設に適用される基準としては、WHOが、Laboratory Biosafety Manual (3rd edition, 2004)において、BSL-4施設についてのみ「非常時用電源と専用の電力線を装備しなければならない」と特に定めている。また、CDC(Centers for Disease Control and Prevention, 米国疾病管理予防センター)も、BMBL(Biosafety in Microbiological and Biomedical Laboratories, 5th edition, 2016)において、BSL-4施設についてのみ予備電源の要件を定めている。

日本においては、国立感染症研究所がWHO等の基準に準じて「病原体等安全管理規程」(平成22年6月)を定めている。BSL施設の予備電源についてはCDC基準と同様のものとなっている。

したがって、加計学園のBSL-3施設の予備電源については、消防法および建築基準法を満たせば適法であり、施設基準を満たしていると考えられる。

しかし、適法で施設基準を満たせば安全とは限らない。2014年、BMBLを定めた当のCDCにおいて、職員75人の炭疽菌接触が疑われる事故が起きている。

この事故を受け、CDCは安全対策を見直すこととなり、その際、2007年から2008年にかけて起きた三つの電源喪失事例(BSL-4施設2件、BSL-3施設1件)についても再検証が行われた。事故の検証報告書(Report on the Potential Exposure to Anthrax, Centers for Disease Control and Prevention, July 11, 2014)は、それらの電源喪失事例についても詳しく説明している。

この報告書によると、三つの事例のうち、BSL-3施設の電源喪失は、2008年7月11日にCDCキャンパス内で起きた一部停電により発生した。このとき、BSL-3施設を含む建物への主電源が切れ、さらに予備電源として複数あった発電機のうちの1つが故障し、他の発電機も連鎖的に電力を供給できなくなった。残るは臨時のバッテリ電源のみで、負圧システムのファンが停止する事態に陥った。発電機の故障は1時間後に直ったものの、その頃には主電源も回復していた。つまり、予備電源が予備の役割をほとんど果たさなかったのだ。

報告書は、電源喪失事故の教訓として、BMBLは指針を示すに留まること、BSL-3/4施設の機能要件を設計にどう落とし込むかについて詳細がないこと、病原体等の封じ込めについての指針は潜在的に建築基準法以上に厳格なものだと考えられること等を指摘し、設備性能の明確な基準や保守点検の手順を定めること、また定められた基準や手順を定期的に検証および見直すことが必要だと説いている。

CDCの炭疽菌汚染事故後の米国において、大学はBSL施設の設計にどう取り組んでいるのか。検索してみると、ミズーリ大学の実験施設設計要件を記載した文書(Biocontainment Laboratory Design Criteria, September 2015, Modified 3/2/2017)が見つかった。

16頁からなるこの文書において、BSL-3施設の電気系統要件(第10頁3.6)は次のようなものとなっている。

  • 冷凍庫、安全キャビネット、空調器、換気システム、ポンプ他、停電が発生した場合に施設の安全確保に必須の機器には予備電源を備えること
  • 予備電源の容量は、これらの機器を安全な施設閉鎖と全材料の封じ込めに必要十分な時間稼働させられるよう、またいかなる場合もそれを8時間以上として設計すること
  • 汚染物質等を含む冷凍庫は超低温を少なくとも48時間維持できるよう装備すること

これは、BSL-3施設の予備電源に関するミズーリ大学独自の設計要件である。大学がBSL-3施設で行う予定の実験に必要なレベルの安全性が確保されるよう定義した基準だと考えればよい(それにしても、多くのこうした文書が学外にも公開されていること自体驚きである)。

次に、この文書を基に加計学園のBSL-3施設の安全性について考えてみよう。

安全性が確保されているというのであれば、停電時の封じ込め作業に必要十分な時間を4時間として予備電源を設計したのだろう。それによって加計学園が予定している実験レベルに見合った安全性が確保されていると考えるのであれば、その実験レベルはミズーリ大学の予定している実験ほど複雑ではないと推測できる。

しかし、そうなると今度は、それほど複雑でもない実験レベルで「世界に冠たる獣医学部」は実現するのだろうかという疑問が生じる。「世界に冠たる獣医学部」を目指して研究を行うというのであれば、予備電源の設計情報からはBSL-3施設の安全性を疑問視せざるを得ない。

つまり、BSL-3施設が安全だというなら、「世界に冠たる獣医学部」が実現する見込みはほぼないという結論になり、「世界に冠たる獣医学部」が実現するというなら、BSL-3施設の安全性は疑わしいという結論になる。明らかな矛盾である。

とはいえ、このような検証以前から、私のように「大学院研究科を併設しないのに自らが主体となって世界の冠が取れるのか」と疑う人は、「BSL-3施設はお飾りなのだから、安全性の心配はないだろう」と考えるだろう。ただ、ここへきて、やはり安全だと思い込んではいけないと考え直し、可能な範囲で検証してみたら、結局説明のつかない矛盾に至ったというわけである。

そして、「世界の冠を取るといっている以上、ハイリスクな実験を行うことを前提にしなければいけない」と考える人が、少ない情報をもとに「このようなBSL-3施設で本当に安全は確保されているのか」と疑うことは、やはり健全だということになる。

情報を健全に疑うことは、科学を健全に発展させるために必要不可欠な作業であり、基本中の基本である。獣医学という科学の一分野で活躍する人材を本気で育てるつもりがあるなら、自らに向けられた健全な疑いの目に真摯に向き合い、情報を公開して説明を尽くすのは当然のことだ。

コメント

  1. 今治市民 より:

    この記事のソースは愛媛新聞今治支局山本雄大記者の記事です。番頭ワタナベさんの1月15日のツイッターにカラーコピーで全文載っていますよ。読むだけで「アホか?この連中何言ってんの・・」と思うこと間違いなしの記事です。

    • sudolao より:

      元記事の紹介、ありがとうございます!早速、ツイッターを探してリンクを貼ります。

    • sudolao より:

      有料記事なので直リンクは貼りませんでしたが、日付他の情報をいただいたので、大手新聞各社の引用形式に従って引用元情報を追加しました。ご協力ありがとうございました!※返信が自分宛てになっていったので、今治市民様宛に貼り直しました。