4条件に「新たなニーズが明らかになり」という文言が入ったのは、既存の獣医師の需要について将来的に増加する見通しがなかったからだが、一方で、産業獣医師や公務員獣医師は不足傾向にあるといった意見は今もある。
特に畜産分野の獣医師数については、平成19年5月にまとめられた「獣医師の需給に関する検討報告書」(獣医師の需給に関する検討会 農水省)において、次の表のとおり長期的に供給不足が進行する見通しとなっているため、上述のような意見があるのも当然のことではある。
しかし、その後のデータを基に「検討報告書」の内容を再検証すると、現在の供給状況が当時の予測から乖離していることがわかる。下のグラフ・表(データ出所:獣医師法第22条の届出状況より(グラフ・表は筆者作成))にあるとおり、報告書が公表された2007年前後から産業獣医師数はほぼ横ばいで推移しており、予想されたような顕著な減少傾向は認められない。
また、新潟の提案を受けて始まった獣医学部設置に関する議論で農水省が示したデータは、家畜やペット(犬猫)の飼育頭数の推移グラフを除けば、獣医師一人当たりの牛の飼育頭数だとか、直近の都道府県別獣医師数および家畜数だとか、ピントのずれたデータや未整理の生データばかりで、議論に役立つように整理されたデータはほとんどない。需給に関する議論から逃げているようにさえみえる。文科省がいくら求めても農水省が核心をつくデータを示さなかったのは官邸・WGの望むデータがなかったからではないか、という印象は否めない。
最近になってこの印象の裏付けとなるようなデータを改めて探したところ、昨年10月20日公表の「畜産統計」に家畜飼育戸数および頭数の地域別集計が記載されているのを見つけた。これをみると、例の「広域的に」という文言がいかにナンセンスかがよくわかる。
最新の畜産統計は全20頁でほとんどが表とグラフなので、是非目を通してもらいたいが、例として、以下に乳用牛と肉用牛の地域別飼養戸数・頭数を示す帯グラフを示す。なお、全国の総飼養戸数・頭数は、乳用牛・肉用牛ともに減少傾向にある。特区WGは一貫して「北陸や四国に獣医学部がないのはおかしい」と主張していたし、今もそう話すが、これらのデータを前にして同じことが言えるだろうか。
このような集計によるデータの「見える化」がなされたのは今回が初めてのことであり、これ以前の畜産統計には同様の集計は含まれていない。
本来、地域を限定するような文言を入れるのであれば、地域別の集計データこそ獣医学部設置に関する議論の中で提示されていなければならなかったはずだ。しかし、それがなされていない。まさかどんなデータが必要だったのか当時の農水省は見当もつかなかったなどということはあるまい。全てが決まってから初めて提示されたこの畜産統計は、必要な議論がなされないまま総理の友人に有利な決定があったことを示す「新事実」だといえる。
なお、公務員獣医師数についても、「分野別獣医師数の推移」からわかるように近年大きな変動はなく、ほぼ定数で推移している。これも、全体として不足傾向にあるのではなく、確保に苦労している自治体があり、地域偏在の問題だという説は妥当にみえる。
一方、定数がほぼ満たされていても、畜産分野の公務員定数は必要数に対応していないという議論もある。これについては一理あるものの、逆に、獣医師でなくてもできる雑多な仕事まで公務員獣医師が担っているという現実もある。業務内容の精査とそれによる待遇改善が先決であり、そもそも一地方に獣医学部を新設して解決する問題ではないことは明らかだ。
統計上は、獣医学部の定員を増やさなければいけない喫緊の理由は何も見当たらない。むしろ、地域偏在や分野偏在といった問題で誤魔化しているようにみえてならない。