国家戦略特区の「リセット」と入管法改正で葬り去られる特区WGの悪行

先月10日、八田達夫氏と原英史氏は、国家戦略特区の「リセット」を提案した。理由は、獣医学部関連でつくられた負のイメージを払拭するためだという。これを受け、23日、約4ヶ月ぶりに開かれた第36回特区諮問会議で片山さつき大臣は「再スタートを切ること」を決めた。国家戦略特区は、一部の民間人が意のままに動かす、全くの無法地帯だ。

本稿は、八田氏等がその裏で都合よく葬り去ろうとしている悪事を掘り起こし、この「リセット」が出入国管理法の改正を前提に行われたことを明らかにしようとするものである。

国家戦略特区制度では、特区間の競争を促すため、年度末に各特区の評価を行い、成果不十分な特区は指定を解除することもあり得るとしている。であれば、当然、フェアな競争を担保する制度設計がなされていなければならない。

しかし、実際は、初めからフェアな特区間競争など実現しようもない状況だ。

原氏は、国家戦略特区ワーキンググループ(WG)の委員として八田座長とともにほとんどのヒアリングに出席しているが、同時に大阪府の特別顧問として大阪府の特区活用事業について助言する立場にもある。つまり、他の特区の動向や未公開・非公開の提案情報を知り、提案実現に向けて省庁と折衝する人物が、大阪府の特区構想に関与しているのだ。

このアンフェアな状況の最大の犠牲者は沖縄県特区である。

昨年6月21日、一般社団法人沖縄県専修学校各種学校協会(沖専各)は、内閣府に国家戦略特区の提案を出した。1 提案は、調理師、製菓衛生師、美容師、理容師等の分野において外国人留学生が卒業後に日本で就労できるよう在留資格の緩和を求めるものだった。

特区提案としては、それまでにも理・美容師や調理師に係る同様の提案はあったが、製菓衛生師については、これが初めてのものだった。

しかし、この提案は、新たな項目を含みながらも、全く議論されないまま終わった。ヒアリングもされず、外国人材に関する省庁ヒアリングの場で言及されることもないまま、提案後3ヶ月もたたないうちに関係4省からゼロ回答が出されたのだ。

沖専各の提案は平成29年度の随時受付分だが、回答は「平成28年度分」の検討要請回答(随時受付提案)に記載されている。国会図書館のアーカイブに保存されたページから当初の回答を確認すると、4省とも、沖専各に対する回答のみが記載されている。つまり、まだ平成28年度分の随時受付提案に対する回答が全く準備されていなかった段階で、平成29年度受付の沖専各の提案に対してのみ、急ぎ、「平成28年度分」として回答が出されたのだ。

当初公開された回答ファイルのプロパティ情報をみると、いずれも最終更新が昨年9月15日となっている。

その9月15日、大阪府は、沖専各の提案内容とそっくりな提案を国家戦略特区に出している(プレスリリース魚拓)。 「外国人調理師・製菓衛生師 外国人理容師・美容師の就労に関する提案」がそれだ。つまり、沖専各の提案が無下に「終わった話」にされた日、入れ替わるように大阪府が同様の提案を出したのだ。原氏が大阪府特別顧問とWG委員を兼任している状況で、これが偶然の出来事であるはずはない。

沖縄県は、沖専各が提案する約1か月前に開催された第30回特区諮問会議において、新潟市とともに、平成28年度の成果が乏しかったことを指摘され、特区指定解除も有り得ると告げられていた。このとき、沖縄県についてのみ、年度末を待たずに中間的な評価を行うことが規定された。2 異例のことである。

確かに、平成28年度における沖縄県特区の成果は乏しかった。しかし、それは沖縄県だけの責任ではないだろう。沖専各が上記提案について県に要請したのは、平成28年のことだ。3 要請を受けた沖縄県が特区事務局に調整を依頼していないはずはない。事務局が迅速に対応し、十分に支援していれば、平成28年度のうちに沖縄県の提案としてとりまとめ、追加の規制改革事項として提案することもできただろう。

しかし、現実はそうならず、結局、沖専各は、県への要請後少なくとも半年近くが経過してから方向転換して内閣府に直接提案を持ち込んだのだ。これは、特区指定解除の危機から早期に脱したい沖縄県が、事務局との調整を諦め、沖専各に直接提案するよう要請したという見方もできる。というのも、沖縄県特区では社会医療法人友愛会が内閣府に直接提案して区域計画認定にこぎつけた前例が既にあったからだ。

沖専各が沖縄県に要請した提案内容は、当然、原氏も事務局経由で把握していたはずだ。原氏が大阪府の提案を優遇するために事務局の背後で動き、沖縄県に対する支援を阻んでいた可能性は否定できない。

ただ、原氏も、沖専各が内閣府に直接提案してくるとまでは予想していなかったのだろう。予想外の動きに怒り心頭だったのか、あるいは、大阪の提案より前に沖縄の提案があったという事実を無意味にしたかったのか、原氏は、沖専各の提案が「終わった話」になった後も、沖縄県の指定解除に向けた攻めの手を緩めるどころか、より一層厳しく当たった。

昨年12月12日に行われた事務局ヒアリングで、原氏は、沖縄県の中間評価が遅れていることに不満を述べ、新たに事業認定を行うことなく沖縄県の特区指定解除の手続きに入るよう強行に迫った。「年度途中で指定解除してはいけないとどこかで決まっているのでしたか」とまで言う始末だ。

WGの役割は、制度設計、関係省庁との折衝、提案受付およびヒアリングのみのはずだが、そんなことは全くお構いなしだ。このときの議事要旨を読むと、いかにWGの権限範囲が拡大しているかがよくわかる。

翌12月13日には早速合同区域会議が開かれている。原氏は、大阪府の提案を早期に進めていきたいと述べる一方、沖縄県については、前日同様、指定解除を検討する段階で新たな事業認定をすることには反対だと明言している。他のWG委員もそれに同調したが、最後は八田氏が、指定解除ありきで沖縄県の計画案をとりあえずは認めることを提案し、その方向で梶山大臣が話をまとめている。

この場に翁長沖縄県知事の代理で出席していた浦崎副知事は、委員等の厳しい指摘に対し、「ある意味で衝撃的な感じをいたしております。そういうことを想定していなかったものですから。」と述べた。中間評価といいながら、最終評価のような体で責められたのだから、そう思うのが当然だ。しかも、沖専各の提案を大阪府の提案に取って代わらせた張本人達が、そこには一切触れず、一方的に沖縄県を愚弄するのだ。内心穏やかではなかっただろう。

一方、大阪府の提案については、昨年10月31日、八田、原、阿曽沼の3委員が懇切丁寧なヒアリングを行っている。また、本年3月26日開催の第34回諮問会議では、松井大阪府知事がプレゼンを行い、八田氏や竹中平蔵氏等が後押しする発言を行っている。

併せて、関係省ヒアリングも、昨年12月21日(美容師)、本年2月9日(理美容師、調理師、製菓衛生師)、4月9日(理美容師)、6月1日(理美容師)とほぼ2カ月ごとに行われ、外国人理美容師については、ついに6月4日公表の「未来投資戦略2018(素案)」に特例措置の文言が盛り込まれた(P.133)。あとは最終版の閣議決定を待つばかりだったのだが、6月14日開催の第35回特区諮問会議で突如、最終版から文言が削除されることが告げられた。最終版の閣議決定があったのは、この翌日のことである。

削除の理由は「文言に反対意見が出ているため」というが、それは建前に過ぎない。WGは、これまで幾度となく、関係省庁がどれだけ難色を示しても、成長戦略の文言を調整させ、素案に盛り込ませてきた。それらの文言は悉くそのまま閣議決定されている。獣医学部の「成長戦略の文言」、いわゆる「4条件」もそうだった。活用自治体がいまだにないクールジャパン外国人材(アニメ等)のときもそうだ。外国人理美容師についても、素案公表の3日前まで関係省と調整を重ねていながら、最後になって「反対意見が出ているため」と引っ込めるわけがない。

外国人美容師に係る初の国家戦略特区提案は、原氏と関係が深い高橋洋一氏が顧問を務める㈱特区ビジネスコンサルティング(特区ビズ)によるもので、その初提案については根拠のある疑惑が存在する。本当のところは、それが明るみに出るのを恐れたのだろう。

この疑惑の詳細については、当ブログの関連記事に譲るが、彼らにとって問題だったのは、疑惑の根拠となる文書が誤って公開され、短期間で削除はしたものの、その記録が国会図書館のアーカイブに残ってしまったことである。その文書とは、特区ビズ初提案に係る初回関係省ヒアリング議事要旨だ。

仮に外国人理美容師に係る文言の入った「未来投資戦略2018」が閣議決定されていたら、特区ビズの疑惑もいずれは表に出たはずだ。一旦公開した文書を削除したことだけでも、公文書管理の点で大いに問題だ。

素案に盛り込ませた文言を最終的に削除したということは、疑惑が追及されることのないよう、特区での実現を諦めたということだ。八田氏は、文言削除を明らかにした席で、文言内容の調整について「早急に解決を」と言ってはいるが、その後関係省ヒアリングは行われていない。この発言とは裏腹に既に諦めていたことは明らかだ。

件の関係省ヒアリング議事要旨は、「未来投資戦略2018」の閣議決定後まもなくして再公開された。つまり、特区での実現がなければ、疑惑が追及されることもないと判断したのだろう。公文書管理の問題を追及されても、手違いで公開された文書を削除したのではなく、順当に公開された文書が手違いで削除されたことに気づいたので再公開した、とでも言い訳するつもりだったのではないか。

第35回特区諮問会議では、この文言削除の件に加え、沖縄県の特区指定解除を見送ることにも言及があった。仮に指定解除していれば、明らかに異例かつ異常な対応であり、追及されて逆に自分達の悪行が露呈したはずだ。誰かが冷静に判断したのだろう。

外国人調理師・製菓衛生師については未練があったのか、8月20日に大阪府の提案として関係省ヒアリングが行われている。しかし、その後は何も動きがない。結局、これについても諦めざるを得なかったとみえる。

外国人美容師については、8月27日開催の合同区域会議で、東京都から再度提案が出されたが、その後も関係省との調整は再開していない。4

このまま実現されなければ、特区諮問会議に出向いてプレゼンまでした松井府知事の面目は丸潰れになり、大阪府特別顧問としての原氏にとっても責任問題となる。

そして10月23日、国家戦略特区は「リセット」された。

翌24日、第197回臨時国会が召集され、安倍首相は所信表明演説で単純労働を含む外国人労働者の受け入れを拡大する出入国管理法改正案に言及した。

なんともわかりやすい流れだ。特区の「リセット」は、入管法改正を前提に行われたのである。

受け入れが検討される14業種には、外食産業も含まれる。これにより、特区での外国人調理師・製菓衛生師に関する議論は自動的に終了する。理美容業は現時点では入っていないが、今後対象業種が拡大される可能性を見込み、特区での議論はやはりこのまま再開されずに終わるだろう。大阪府特別顧問としての原氏の面目は保たれる。とはいえ、それは特区ビズの疑惑や沖縄県に対する不当な扱いが露呈しなければ、の話ではあるが。

八田氏と原氏が特区の「リセット」を提案したのは、獣医学部関連でつくられた負のイメージを払拭するためではない。いくら自分たちが「リセット」を叫んだところで、加計問題が解決しないかぎり負のイメージが消えないことは百も承知だろう。

特区の「リセット」は、特区で実現させれば自分達の悪行が露呈しかねない案件を国の法改正で実現してもらい、都合の悪いことをチャラにするために行われたのだ。

「リセット」を求めた面々は、いつものお仲間とともに今度はビッグデータの活用を視野に「スーパーシティ」構想の実現に向けた有識者懇談会なるものを立ち上げた。有識者名簿には、特区の民間議員とWG委員の名が連なる。座長は、疑惑だらけの特区ビズが主催したセミナーで講師として登壇した竹中平蔵氏だ。沖縄県の特区指定解除を強く訴えた八田、原、阿曽沼、中川の4委員も入っている。原氏は、座長代理にも任命されている。己を利するために行政制度を悪用する者たちにビッグデータの活用方法など決めてほしくはない。

政府は、一握りの民間人による行政の私物化をこのまま放置する気なのか。

国家戦略特区制度の早期廃止を強く求める。

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(株)特区ビジネスコンサルティング(以下、特区ビズ)は、2015年1月16日に会社を設立し、その日のうちに国家戦略特区に初提案を提出、さらにヒアリングまで済ませている。 特区提案の手続きとして、アポ...

この記事では、沖縄の提案にも特区ビズが絡んでいたのだろうと書いているが、実際にそう思っていたわけではない(検証が追いついていなかったので、「少なくとも沖縄県だけは違うだろう」と書くことはできなかった)。

  1. https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/104605
  2. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/dai30/shiryou2_2.pdf
  3. 平成29年第3回沖縄県議会(定例会)第5号 7月3日会議録
  4. 別の見方としては、特区での実現を完全に諦めたわけではなく、大阪府の提案としての外国人理美容師の規制改革は諦めたが、特区の成果として実現させることは諦めていなかったのかもしれない。外国人理美容師については、特区ビズと原氏のような繋がりのない東京都の提案として実現させ、大阪府は外国人調理師・製菓衛生師の成果を取ることを考えていたが、結局沖専各の問題が残っているため、最終的には特区での実現を諦めた、とも考えられる。