毎日新聞の報道によると、特区ビズとコンサル契約した福岡市の美容系学校法人は原英史WG委員から特区提案について直接指導を受けたという。だが特区ビズ社長は、原氏に謝礼は支払っておらず、提案者から原氏への利益供与もないと主張している。原氏自身は「『あそこ面白い提案があるかもしれないから説明して』と頼まれれば行く」と説明する。
しかし原氏はコンサル会社「政策工房」の経営者だ。「公共政策に関する提言立案のサポート」を営利目的で行う原氏が、同様のサービスを誰彼構わず自ら出向いて無償で提供するとは考えにくい。むしろ、「政策工房」を維持していく上ではあり得ない。
となれば当然、「原氏は他の誰かのために動いていた」という線が浮上する。つまり、原氏にとって特区ビズはその「誰か」のための道具に過ぎなかった、という可能性だ。
その「誰か」は、特区の方でいくら調べても見えてこない。そこで、規制改革会議に目を向けることにした。というのも、国家戦略特区については当初から「規制改革会議との緊密な連携」(2013年11月14日内閣委員会 原氏発言)が掲げられてきたからだ。実際、2016年8月に特区(地方創生)と規制改革の担当相が一本化し、続く9月に規制改革会議の後継組織として規制改革推進会議が設置されると、その委員として原氏も就任している。
その一方で情報公開上の連携はほぼない。事務局はともに内閣府に設置されているが、情報発信元は、特区(地方創生)が首相官邸(kantei.go.jp)、規制改革会議が内閣府(cao.go.jp)と別れている。その上、検索システムも連携しておらず、両方の情報を横断的に検索することはできない。こうした連携の不透明さは意図的にもみえる。
そこで試しに特区ビズの初提案(美容分野)と「連携」しているような提案はないか内閣府HPで検索してみた。すると、2014年7月にキュービーネット株式会社(QBネット)が「規制改革ホットライン」へ応募した提案がみつかった(H26年度提案事項・提案主体一覧表)。QBネットは、「ヘアカット10分1000円」のビジネスモデルで知られる。この時の提案は、同一店舗における理美容師の混在勤務の容認を求めるものだった。この提案に対し、厚労省は同年11月に「対応不可」の回答を出している(H26年度分厚労省回答)。
この頃、QBネットは過渡期にあった。提案があったのは新規上場に向けて準備中だった頃で、その後仕切り直し、2014年12月に投資ファンド・インテグラルに買収されることが正式に決まった。インテグラルは厚労省の態度を知った上で買収を決めたのだから、理美容業界のいわゆる「岩盤規制」を打ち破る算段が別途あったのだと思われる。
特区ビズ設立は、この買収の翌月、2015年1月となっている。登記翌日、特区ビズは、国家戦略特区へ外国人美容師に係る提案を出し、即日WGのヒアリングを受け、たった1回の関係省ヒアリングを経て、提案からわずか11日後には特区諮問会議の配布資料に検討事項として記載されるという急展開をみる。
一方の規制改革会議では、QBネット提案に係る議論が2015年2月から4月にかけて4回行われた。議論の場となったのは、「投資促進等ワーキング・グループ」。個人経営が圧倒的に多い業界の規制緩和を「投資促進」の観点から議論しようというのだ。その時点で「業界全体の発展」など全く視野にないことは明らかだが、反発する業界団体に対し、大崎貞和座長(当時)は「特定の事業者のやっている特定のビジネスをやりやすくするために制度改革を検討しているということでは全くございません」と述べている(2015/3/23投資促進等WG議事録)。
規制改革会議は、同年6月、各WGでの議論に基づき「規制改革に関する第3次答申」をとりまとめた。この答申を受けて同月末閣議決定された「規制改革実施計画」には理美容業界の規制緩和が4項目盛り込まれている。ただしこれら4項目は、業界団体の反発もあってか、QBネットの要望からは程遠い限定的なものとなった。この結果はQBネットの提案をサポートした事業者(仮にあれば)にとっても大きな失点だっただろう。
とはいえ、QBネットにとって全く希望がないわけではない。4項目のうち、QBネットの最大懸案事項である理美容所の重複開設(理美容師の混在勤務)については、2016年度の措置から5年後を目途に見直しを検討するとされており、2021年度には原氏が座長をしている「投資等WG」で議論が再開される予定なのだ。
敢えて指摘するまでもないが、原氏(政策工房)と利害関係にあった「誰か」がいたとすれば、それはQBネットとインテグラルだろう。ちなみに、毎日新聞の報道直後はあまり話題になっていなかった特区ビズ問題だが、インテグラルの佐山展生代表取締役は、原氏の反論記事をわざわざTwitterとNewsPicksの両方で取り上げている。
話を戻すと、2015年7月以降規制改革会議はフォローアップのみとなり、議論は特区へと移された。議事要旨の多くは非公表か未公開のため、詳細はわからないが、同年9月から2年程度の間は「クールジャパン外国人材」の1分野として検討されている。
その間の流れは、まず2015年9月に関係省ヒアリング、10月に特区ビズが理美容所の重複開設等を特区提案(厚労省再回答)、11月から翌2016年1月まで月1ペースで関係省ヒアリング、翌2月は5日の諮問会議に続いて関係省ヒアリングが5回と集中的に議論され、追って同年夏の提案募集でQBネットが特区提案(理美容師の混在勤務容認と外国人スタイリスト受入れ)を出し、9月に提案ヒアリング(議事要旨非公表)、10月に原氏が代表理事を務める一般社団法人外国人雇用協議会(政策工房と同一住所;2016年4月設立)が美容分野を含む外国人材受入れ拡大を「政策提言」、11月にWGヒアリング、12月に関係省ヒアリング2回、となっている。
ここで指摘したいのは、「政策提言」という言葉が使われてはいるが、12/6関係省ヒアリングで原氏自身が「今回の御提案」と言及しているように、これは紛れもなく特区提案であるということだ。
毎日新聞が取材した際、原氏は「政策工房に関しては、(私が)国家戦略特区の委員をやっているので、一切その(特区)関連の仕事はやっていない」と述べているが、実際には政策工房と同じ住所に設立した法人経由で特区提案を出している。原氏は、このときまさに「政策工房」のサービスである「政策提言の立案」を「外国人雇用協議会代表理事」として、「ロビイング」を「国家戦略特区WG委員」として行ったのだ。肩書を使い分けているだけで同じ人物である。
クールジャパン外国人材については、その後も継続して関係省ヒアリングが行われているが、インテグラルは特区での結論を待たず、2018年3月、「海外展開による拡大路線を目指す」という名目でQBネットの株式を上場した。この上場は、初値が公開価格を6%下回る低調な出だしだった。
上場のあった3月には、同年6月発表の成長戦略(「未来投資戦略2018」)に外国人理美容師に係る文言が盛り込まれることが既に検討されていた。この文言は、原氏が特別顧問を務める大阪府の提案がベースとなっており、QBネットの要望する外国人スタイリスト受入れとは異なるが、それに向けた第一歩ではあった。それでも3月上場を決定したのは、規制緩和の歩みが遅すぎると感じたからかもしれない。とはいえ、成長戦略に文言が記載されれば、規制緩和議論が加速する可能性もある。成長戦略の文言は上場後のプラス材料にはなり得ただろう。
ところが、最終版の発表直前、更なる調整が必要という理由で突如文言は削除された。その最終版の発表日、特区ビズは特区事業から撤退し、「イマイザ」に商号変更している。「これは何かあったな」とは誰もが思うところだ。
それでも議論は消えず、昨年12月から本年5月にかけて外国人理美容師について関係省ヒアリングがさらに4度行われ、文言の調整が進められている気配はあった。直近では本年5月27日にWGが行われているが、その2日後に毎日新聞が原氏を取材しており、翌6月に発表された本年度の成長戦略案には1年がかりで調整されたはずの文言はなかった。もちろん最終版にもない(成長戦略実行計画、成長戦略フォローアップ)。
特区ビズ問題の構図は次のようなものではないか。
過去5年以上にわたる理美容業界の規制緩和議論は、規制改革会議のQBネット提案から始まり、特区ビズ初提案をもって特区との連携がなされ、以来、原氏が特区での議論を引っ張り続けてきた。その間、特区ビズは幾度も特区提案を重ねて議論を繋いだ。特区ビズ初提案絡みで原氏と利害関係にあったとみられるのはインテグラル・QBネット。特区ビズは特区での議論の開始と継続のために使われた道具だった。原氏は道具を維持するために他の提案で特区ビズに協力した。
それにしても、この1企業のために行政機関が費やした時間と労力たるや相当なものだ。原氏は私人だそうだが、私人がこれほど官僚を使いまくることに正当性はあるのか。原氏(政策工房)とインテグラル・QBネットの関係とあわせて説明が必要だ。原氏等のような「私人」の権限を制限するルールづくりも必要だ。
下に原氏、QBネット、その他理美容業界に関係する動きを時系列で示す。なお、クールジャパン外国人材に係る関係省ヒアリングは、理美容分野が含まれると確認または判断(※)できるもののみを示している。※ヒアリング対象に厚労省が含まれる、別の回のWG議事要旨等で言及がある等。
2014:
7/18 QBネットが「規制改革ホットライン」に理美容師の混在勤務容認を提案
9/9 第7回特区諮問会議で有識者の提言に基づき担当相が「規制改革会議との連携、工程表の共同作成を進める体制をつくる」と発言
11/21 厚労省がQBネット提案に対し「対応不可」の回答
11/29 原氏が特区ビズ社長、藤原豊審議官とともに福岡市の美容系学校法人の副理事長と懇談、特区提案を勧める(毎日新聞2019年6月11日東京朝刊)
12/25 インテグラルがQBネットの買収を正式発表
2015:
1/16 特区ビズが「地域限定美容師の創設(外国人美容師の解禁)」を特区に提案・WGヒアリング(議事要旨非公表)
1/23 関係省ヒア(地域限定美容師創設・外国人美容師解禁)
1/27 特区諮問会議開催「地域限定美容師創設・外国人美容師解禁」を検討事項に追加
2/9 関係省ヒア(地域限定美容師創設・外国人美容師解禁)
2/20 投資促進等WG QBネット社長出席
3/23 投資促進等WG 全美連・全理連出席
3/30 投資促進等WG
4/24 投資促進等WG
6/5 特区ビズが美容分野の特区提案サポートを報告(内容非公表);規制改革会議が答申案をとりまとめる(理美容分野含む)
6/16 規制改革会議が答申を安倍総理に提出
6/30 「規制改革実施計画」閣議決定(理美容業の在り方に係る規制の見直し項目含む)
9/28 特区で関係省ヒア(クールジャパン外国人材)
10/30 特区ビズが理美容分野の特区提案を2件応募(理美容所の重複開設容認ほか)
11/4 特区で関係省ヒア(クールジャパン外国人材)
11/13 第1回理容師・美容師の養成のあり方に関する検討会
12/7 投資促進等WGでフォローアップ
12/25 特区で関係省ヒア(クールジャパン外国人材)
2016:
1/28 特区で関係省ヒア(クールジャパン外国人材)
2/5 特区諮問会議(クールジャパン外国人材)
2/10 特区で関係省ヒア(クールジャパン外国人材)
2/17 特区で関係省ヒア(クールジャパン外国人材)
2/19 特区で関係省ヒア(クールジャパン外国人材)
2/22 第2回理容師・美容師の養成のあり方に関する検討会
2/23 特区で関係省ヒア(クールジャパン外国人材)
2/26 特区で関係省ヒア(クールジャパン外国人材)
3/2 特区諮問会議(クールジャパン外国人材受入促進に言及)
4/28 一般社団法人外国人雇用協議会設立(代表理事 原英史;政策工房と同住所)
6/22 特区で関係省ヒア(クールジャパン外国人材)
7/18 QBネットが特区に理美容師混在勤務容認と外国人スタイリスト受入れを提案(日付は募集期間最終日)
7/29 第3回理容師・美容師の養成のあり方に関する検討会
9/2 規制改革推進会議設置、原氏委員就任(10月から投資等WG座長)
9/5 特区でQBネットの特区提案に関するWGヒアリング(非公表)
10/13 特区に外国人雇用協議会が「外国人材受入れ拡大に係る政策提言」を提出
11/15 第4回理容師・美容師の養成のあり方に関する検討会
11/24 特区でWGヒアリング(政策提言)
12/6 特区で関係省ヒア(政策提言)
12/13 特区で検討要請回答公開 QBネット提案に回答
12/15 第5回理容師・美容師の養成のあり方に関する検討会
12/19 特区で関係省ヒア(政策提言)
2017:
1/16 特区で関係省ヒア(クールジャパン外国人材)
1/27 特区で関係省ヒア(クールジャパン外国人材)
2/8 特区で関係省ヒア(クールジャパン外国人材)
2/16 特区で関係省ヒア(クールジャパン外国人材)
6/25 沖縄県専修学校各種学校協会(沖専各)が特区に「外国人調理師・製菓衛生師、外国人理容師・美容師の就労」を提案
8/21 特区で関係省ヒア2件(クールジャパン外国人材;政令案)
9/15 沖専各の提案に対し、WGでの検討がないまま関係省からゼロ回答(平成28年度随時受付分回答 ※日付はプロパティから);大阪府が特区に「外国人調理師・製菓衛生師、外国人理容師・美容師の就労」を提案(プレスリリース・添付資料)
10/31 特区で大阪府の提案に関するWGヒアリング
12/21 特区で関係省ヒア(外国人美容師)
2018:
2/9 特区で関係省ヒア(クールジャパン外国人材(理美容師、調理師、製菓衛生師))
3/9 特区諮問会議
3/23 QBネットが東証一部上場
3/26 特区諮問会議で松井大阪府知事が大阪府の提案(外国人理美容師等)をプレゼン;竹中平蔵民間議員が大阪府の提案を「成長戦略の目玉」と言及
4/6 特区で関係省ヒア(クールジャパン外国人材(理美容師))
6/1 特区で関係省ヒア(外国人理美容師)
6/5 未来投資戦略2018(案)公表(外国人理美容師の文言記載)
6/14 特区諮問会議で外国人理美容師の文言が「盛り込まれない見通し」
6/15 最終版「未来投資戦略2018」公表(外国人理美容師の文言消える);特区ビズが特区事業から撤退、「イマイザ」に商号変更
8/27 特別区域会議で東京都が外国人美容師の就労拡大を提案
10/16 クールジャパン関係府省連絡・連携会議(東京都の提案に言及)
10/23 特区諮問会議で有識者が特区の「リセット」を提言(東京都の提案に言及なし)
11/2 入管法改正案を閣議決定(外国人理美容師は対象外)
12/13 特区で関係省ヒア(クールジャパン外国人材(理美容師))
2019:
1/21 特区で関係省ヒア(クールジャパン外国人材(理美容師))
3/29 特区で関係省ヒア(クールジャパン外国人材(理美容師))
4/1 改正入管法施行
5/27 特区で関係省ヒア(クールジャパン外国人材(理美容師))
5/29 毎日新聞が原氏を取材
6/5 「成長戦略実行計画案」および「成長戦略フォローアップ案」公表(クールジャパン外国人材分野に理美容師含まれず)
6/11 毎日新聞が原氏と特区ビズの関係について報道;原氏が新潮社Foresightに反論記事を投稿(以降の毎日新聞報道、原氏反論記事は省略する)
6/13 インテグラル・佐山氏が原氏の反論記事を取り上げ、コメント
6/21 「成長戦略実行計画」および「成長戦略フォローアップ」決定(外国人理美容師の文言なし)
…
2021年度:投資等WG(原英史座長)で理美容業界の規制緩和の見直しを検討(予定)
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