性的マイノリティーを排除する行政から同性婚法制化へ超党派の議論を

今回は、杉田氏が引用した1件目の記事にある三重県の「高校生1万人」の調査報告そのものを取り上げ、政府のこれまでの取組みについて触れる。

昨年10月から12月にかけて三重県男女共同参画センターが「高校生1万人」を対象に実施した「多様な性と生活」に関する調査。行政機関による異例の大規模調査であり、若年層の性的マイノリティーが抱える困難を知る上で非常に重要な調査だと思われるが、報告書はネットで公開されていない。同センターの「啓発」ページの案内によると、調査結果報告書を入手するには、名前、住所、電話番号、メールアドレスを記入し、メールでセンターに要請しなければならない。

このような取り扱いに違和感を覚え、調べてみたところ、地元紙・伊勢新聞のオンライン記事(2018年3月20日)に意外なことが書かれていた。

定時制・通信制の高校と特別支援学校からの回答については全日制と同じ内容で調査したにもかかわらず、集計に含めなかった。

伊勢新聞によると、有効回答を得た生徒の数は、全日制が1万63人(回答率90.3%)、定時制・通信制が246人(同66.7%)、特別支援学校が63人(同38.0%)。全日制以外の回答を集計に含めなかった理由について、センターの担当者は「定時制・通信制と特別支援学校の回答率が低く、少ないデータで全体の傾向が大きく変わるため」と説明した。また、報告書には「回答者全体の傾向と判断できる全日制の結果を使用した」との説明がある。

答えにくいことを答えさせた挙句、「高校生1万人」に全日制の生徒以外を含めない。1万人のデータに300人少々のデータを足すと全体の傾向が大きく変わるというが、309人全員がいずれかの性的マイノリティーだったとしても、全体で3%増である。本当のところは、全日制の傾向と、他の学校区分の傾向が大きく違ったため、全日制以外のデータを公にしたくなかったのではないか。全日制のデータだけでも予想を遥かに超える数字だったのかもしれない。

記事はさらに次のように伝えている(下線は筆者による)。

…県の調査結果はホームページでの公開が通例だが、センターは公開しない方針。申し込みがあれば提供するが、入手の目的を尋ねるという。報道機関に提供した資料には「二次使用は十分ご配慮くださいますようお願い申し上げます」との異例の一筆を添えた。

センターの担当者はインターネットで報告書を公開しない理由について「ネット上で真意とは異なる情報が出回るのを避けたかった」と説明。報道機関に求めた「二次使用の配慮」については「報告書の数字だけが一人歩きしてはならないと思った」としている。

一方、県も定時制・通信制と特別支援学校の回答を集計に含めない理由をセンターに尋ねていた。インターネット公開についても「県の調査では原則」として公開を促していたが、センターは「調査内容の特殊性に鑑みて公開しない」と返答したという。

調査結果を広く公開しないだけでなく、入手の目的をたずねる。挙句、「調査内容の特殊性」とは何のことか。調査報告の正当性もさることながら、調査を行ったセンターの姿勢そのものに疑問を抱かざるをえない。それにしても、報道批判を意図して記事を引用した杉田氏こそが「二次使用の配慮」を欠き、数字を一人歩きさせ、偏見に満ちたコメントを添えていた事実は何とも皮肉だ。

翌3月21日の伊勢新聞のコラム「大観小観」は、この調査報告を次のように批判している。

マイノリティー(少数者)の調査をするのにマイノリティーを排除する。県男女共同参画センター「フレンテみえ」の高校2年を対象にした「多様な性と生活」の調査には、そんな違和感をぬぐえない

全日制の調査結果だけで報告書とし、定時制・通信制と特別支援学校は集計に含めなかった。「全体的な傾向が大きく変わるため」という。調査を積み上げて傾向を探っていくのではなく、外れそうな部分を排除して導いた「全体的な傾向」というのは、何かの冗談だろうか

貧困にしろ、障害者にしろ、マイノリティーの問題は社会的弱者の中でもっとも深刻で、複雑な形で表れている。たとえば全国31校の公立夜間中学校生1800人の7割は中国、韓国、フィリピン、ベトナム、ネパールなど外国人労働者。中学校は「卒業証書授与機関」になっているというのが前川喜平前文部科学事務次官の講演趣旨だ

定時制高校はそんな現実に近接しているに違いない。マイノリティーの現実を見ようとしてこなかったマジョリティーの歴史が県男女共同参画センターの姿勢にも表れているということか

三重県男女共同参画センターは、県からの委託料で賄われた大規模調査の報告書を、県から公開を促されたにもかかわらず、いまだに一般公開していない。当初公開されていた結果速報も現在はアーカイブでしか確認できない。定時制・通信制および特別支援学校のデータは全く公表されていない。

センターが内閣府男女共同参画局と連携する行政機関であることを考えると、おそらく、三重県の意向よりも内閣府の意向が優先されたのだろう。内閣府には全学校区分のデータが報告されているはずだ。多様な性に関する議論は、国レベルではほとんど進んでおらず、国が何らかの具体的な対応を早急に迫られるような内容であれば、広く公にしたくはないだろう。

関連記事を検索したところ、新聞大手4社では朝日と毎日のものしか見つからなかった。毎日も朝日と同様、調査報告書の内容を伝えただけで、伊勢新聞が指摘したことには一切触れていない(毎日新聞 2018年3月28日 オンライン記事)。報道のタイミングも不可解で、朝日新聞はセンターの報道発表より2日早く記事にしており、毎日新聞は発表から1週間以上経って記事にしている。仮にどちらかがこの問題を報じていれば、もっと全国的に取り上げられていたはずだが、何か裏事情でもあったのだろうか。杉田氏は、朝日新聞の報道が過度だと主張しているが、この記事については、全く逆である。

政府のこれまでの取組みは、自民党の「性的指向・性同一性(性自認)に関するQ&A」が紹介している。しかし、性同一性障害特例法の他は、特筆すべき取組みはない。その特例法も、ホルモン療法の保険適用など未だ課題が残る。

各府省庁での取組みとしては、真っ先に次の項目が挙げられている。

平成27年12月策定の「第4次男女共同参画基本計画」(内閣府)に、「性的指向や性同一性障害を理由として困難な状況におかれている場合」等について、人権教育・啓発活動の促進等の関係府省における取組みを進めることを規定

この規定は、同基本計画・第8分野「貧困、高齢、障害等により困難を抱えた女性等が安心して暮らせる環境の整備」に含まれる。全文は以下のとおりだ。

性的指向や性同一性障害を理由として困難な状況に置かれている場合や、障害があること、日本で生活する外国人であること、アイヌの人々であること、同和問題等に加え、女性であることで更に複合的に困難な状況に置かれている場合については、人権侵害があってはならないなどの人権尊重の観点からの配慮が必要である。

第8分野のタイトルからもわかるが、飽くまで女性のための規定として書かれている。にもかかわらず、あたかも性的マイノリティーへの対応であるかのように切り取って伝える。不誠実とは、このことだ。

二つ目に挙げられている取組みは、平成24年改正の「自殺総合対策大綱」(厚労省)に「自殺念慮の割合等が高いことが指摘されている性的マイノリティについて、無理解や偏見等がその背景にある社会的要因の一つであると捉えて、教職員の理解を促進する。」という一文を加えたことだ。

全36頁ある本文のたった一文とはいえ、この規定が盛り込まれたからこそ、三重県の「高校生1万人」調査が実施されることになったのだと思われる。しかし、その結果を杉田氏は自らの偏見の根拠として使った。データが理解促進に役立てられたとはとても思えない。

三つ目の取組みとしては、「文部科学省において、性的指向や性同一性に関して悩みを抱える児童生徒に対し、きめ細やかな対応の実施を定めた通知の発出や周知資料の作成」が挙げられている。

この通知を受けた学校が業者に相談して始まったのが男女共用デザインの制服の開発だが、杉田氏はそれをも不当な記事引用で批判の対象にした。

その他、厚労省が補助する電話相談の専用回線開設(2012年3月)、法務省による啓発資料作成等が挙げられているが、全て合わせても十分な対応がなされてきたようには見えない。今回の杉田氏の寄稿文が、まさにそれを象徴している。

安倍総理は、杉田氏の騒動後、「人権が尊重され、多様性が尊重される社会をつくっていく、目指していくことは当然だ。これは政府・与党の方針でもある。」と述べた。それが本心ならば、多様な性のあり方を「特殊」扱いせず、誰も排除せず、まずは意味のある調査の結果を意味のある形で公開するよう、総理自ら内閣府男女共同参画局に働きかけてはどうか。

ところで、後で気づいたのだが、前回記事をアップした日、杉田氏も自身のブログでコメントを出していた。

色々おかしな主張が並んでいるが、それはさておき、そこには「これが政治的・イデオロギー上の対立に繋がるものになってはならない」とある。これについては、私も同意する。野党にも政治的対立軸をつくる方向には動いてほしくない。

LGBT当事者全てに意味があり、社会的にも一番重要かつ効果的な施策は、同性婚の法制化だと考える。それが達成されても解消されない差別が認められるときには、差別禁止法も含めて次の施策を検討する、という段階的な措置が望ましいのではないか。

昨年の衆院選から、朝日・東大谷口研究室共同調査では同性婚についても各候補者の考えを尋ねている。それによると、同性婚について「賛成」「どちらかと言えば賛成」と答えた議員は自民党にもいる。例えば、船田元議員や塩崎恭久議員は「どちらかと言えば賛成」と答えている。

総理のリーダーシップによる理解促進と超党派による同性婚法制化議論の前進を期待したい。

その他の参考記事

「同性婚が認められると、あなたにどんな不利益がありますか?」木村草太、小島慶子、ブルボンヌが同性婚の実現性を探る

※同性カップルが様々な手続きを経て実現できる事実婚状態と異性婚(事実婚を含む)を保障の面から比較した表もある。

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